今日は父の体が煙になって天に昇った。

 

父もこの日記をいつも読んでくれていたのを知っている。

でも正直、父が他界した夜は日記を書く気になれなかった。

書くとこの現実を受け入れる様でそれを拒否したい自分もいた。

 

だから目を閉じた父の前で

『今日は書くのをやめとくね。今日くらいはいいよね』と心の中で話しかけた。

 

すると

 

『書け。短くてもいいから続けろ』

 

いつもの父の口調でそう言われたような気がして

短いけれどその日は日記を書いた。

 

ワタシの父も日記帳に手書きで日記を書いている人だった。

幼少期は日記を書く父の姿を見ていたけどいつからかその姿を見た記憶がないから

『父さんはいつまで日記を書きよったと?』とその日の夜に母に聞いてみた。

 

すると返ってきた言葉に思わず胸が高まった。

 

『亡くなる前日まで書いてたよ』

 

全てを終えて実家に戻り早速父の日記帳を見せてもらうと

短くても書かれ続けた父の日記はなんと40年もの歴史があった。

 

ワタシのこの日記は7年。

それでも続けてきた方かと思ったけど

40年の人に言われるとそれは説得力がある。

 

それと同時に

なんとなくワタシの心にそう言われたような気がした父のあの声は

『やっぱりそう言ってたんだ!』という喜びに変わった。

 

勝手な思い込みかもしれないけど

すごく心の繋がりを感じた。

 

天に昇る前に渡した手紙にも書いたけど

今1番心に残っている思い出は割と最近の出来事。

 

数ヶ月前だったかな

ワタシがウォーキングをしている近所の公園で父を見つけた時の事。

 

父の性格の気難しさもあって普段はワイワイと会話する間柄でもなかった。

酒を飲みながらだと会話が生まれるような関係な気がしていた。

 

だから公園で後ろから父を見つけた時も最初は話しかけるのを迷った。

でも

病気と闘う父の様子も知っていたし『今しかない』と思い後ろから話しかけた。

 

父と合流してワタシが向かう出口まではわずか100メートルほど。

 

公園を父と一緒に歩いたその約100メートルがワタシにとってすごく特別な時間だった。

 

ワタシは父と一緒に2人きりで公園で遊んだ記憶がない。

もしかしたら遊んだ事はあるんだろうけど

その頃が幼過ぎたのか記憶がない。

 

だから

 

父と一緒に歩いたその約100メートルは

『もっとこうして父と一緒に公園で遊んでみたかった』という記憶にない部分の欲求なのか

それとも

『こうやって父と一緒に遊んでいたな』という記憶にはない部分の思い出なのか

 

それはどっちか分からないけど

どっちにしてもワタシの中で心が満たされる約100メートルだった。

子どもに戻れた様な気がした約100メートルだった。

父と一緒に2人きりで公園で遊べた様な気がした約100メートルだった。

 

ワタシは4人兄弟の3番目だからか

この歳になってようやく父を独り占めできた様な感情になった。

 

とにかく嬉しかった。

 

不思議な時間と感情だった約100メートル。

そしてこの先も忘れる事がない約100メートル。

 

父へ

どんな表現が1番正しいか分からないけど

あなたはとても不思議な人でした。

 

特別に遊んだって記憶はないけど

強烈に存在感があった人。

 

幼い頃の毎日を振り返ると

いつもの日々は母の顔を思い浮かぶのに

そしてここぞって日だけは強烈に父の顔が浮かぶ。

 

やっぱりとても不思議な人でした。

 

すごく大きかったし

すごく怖かったし

すごく優しかったし

すごく楽しかったし

すごく不思議な人。

 

だからずっと魅力的だったんだろうな。

 

あなたの生き方から『父』を学びました。

この学びをワタシは『子』に繋げていきます。

 

これまであなたが繋いでくれたような

『心』で繋がる親子を目指します。

 

この日記もいつも通りどこかで読んでくれてるかな。

読んでくれてたらいいな。

 

父さん

今までありがとう。

本当にありがとう。

 

クヨクヨするのが嫌いな人だったから

明日からはいつも通り過ごします。

 

また乾杯しに行くね!!

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サノパパ
ご覧いただきありがとうございます。 福岡より、ツマとムスメとムスコとワタシの、毎日『予定通りではない』日常を綴っています。子育ての楽しさを共感していただけたら嬉しいです。 長女 : つむぎ 次女 : ひかり 長男 : きよいち 三女 : つきか - パパはタノシイ -