今日は早めに仕事が終わったから一目散に帰宅の準備。
いつからだろうか。
金曜日の夜に早く家に帰れるのが楽しみで仕方ない。
つい数年前は、「金曜日早く帰れる=居酒屋直行」の公式で行動していたはずのワタシだったが、今ではすっかり近所のスーパーでビールと炭酸水を買って帰り、それを飲みながら楽しむムスメたちとの時間が、何よりの酒のツマミになっている。
「よし、帰ってゆっくりするか」
雨がパラついたり止んだりの天気の中を自転車に乗って帰宅途中、博多駅の前を通ると今年もクリスマスへ向けてイルミネーションの設置の準備が始まっていた。
毎年この時期にここを通りながら「早いな。もうこの準備の頃か。」と、思って自転車で走ってるが、ムスメが生まれてからこの光景を見て年々感じているのは、その日々の流れの速さよりも『サンタクロース』という見えない敵への恐怖心。
今はまだムスメたちも幼くて、「クリスマスはサンタさんからプレゼントがもらえる」という概念はないが、すぐにこの『年に1回プレゼントをもらえるだけの日』が『特別な日』と認識されてしまう。
ワタシは仕事帰り買い物をする時は、必ずつむぎへ小さなお菓子を買って帰る。
毎日とは言わないが、楽しみにしているのも知っているし、なるべくは買って帰る。
帰宅後、玄関先まで走って迎えに来てくれるつむぎは、買い物袋の中を一生懸命探してその小さなプレゼント(マシュマロ/10円)を見つけては笑顔で大喜びをしてくれる。
「お休みの日に食べようね」
そう言って嬉しそうにするつむぎの頭を撫でるのがワタシの喜びだ。
それがサンタクロースときたら、年にたったの1回だけ?
それで特別気取りでムスメたちの笑顔を横取りされたらたまったもんじゃない。
「年に1回だからこそ特別」だと言い出すなら、それはワタシから言わせれば卑怯だ。
仮にワタシが年に1回しかマシュマロ(10円)をプレゼントしなかったら、それはそれでブーイングを受ける。
だから「年に1回だからこそ特別」なんかじゃない。
他にいろいろともれなく付いてくる、イルミネーションや街の雰囲気が後押ししているだけだろう。
ワタシは負けない。
今日も帰りに小さなプレゼントを買って帰った。
〈おい、サンタさんよ。あんたにはこの時期子どもたちにプレゼントをあげれるかい?〉
ワタシの宣戦布告が始まった。
帰宅するとつむぎはツマと一緒にパンを作っていた。
〈おいおいサンタさんよ、年に1回程度じゃこの手作りパンにはたどり着けないぜ〉
優越感に浸りながら、まだお菓子は食べられないひかりには洋服をプレゼント。
いつもつむぎだけにお菓子買って帰ると、ジーッと「私のは??」の視線を感じていたから嬉しそうで良かった。
つむぎは最近着たい服の好みがはっきりとしてきたから、服を買う時は一緒に選ぶとして、今日は絶対喜ぶのが分かっている団子を。
当然の様に大喜び。
サンタさんよ、さあどうだ。
そっちが年に1回なら、悪いけどこっちは毎日のように笑顔をいただくよ。
さあ、勝負だ。
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